魔法使いのテイザ - ルッコラの夏

ドラゴンイーター

魔法使いのテイザ

ルッコラの夏

山腹の森に囲まれた小さな村落、ルッコラに夏が訪れた。
灼熱の太陽は空高く輝き、照らされた木、森、山は緑一面に染まる
一年で一番過ごしやすい季節だが
それを歓喜するはずのルッコラの村民たちは、もういなかった

リザードマンの女性捜査官テイザは、教会のぼろぼろのドアを開けると
明るくぎらぎらと輝く太陽に向かって大きな伸びをした
灼熱の砂漠出身のテイザは、夏の熱気を浴びるとすこぶる調子がよい。
彼女の鱗に覆われたすべすべした肌は、日光を浴びてつやつやした
真夜中にゴーストにたたき起こされなければ、最高の目覚めだったんだが

彼女が出てきた教会はルッコラ村の中心にあり、周りの民家は2か月前に
略奪者に焼き尽くされてすべて瓦礫の山と化している
教会内部の備品はすべて奪い取られて、黒板しか残っていない
椅子と机は叩き割られて、部屋の隅に投げ捨てられていた
部屋のあちこちに血痕があって、気味が悪いうえ
硬い地面に藁を引いて寝なければならなかった。

教会内部で流血を伴う乱闘があったのは間違いない
床には入り口に向かって線条の血痕の跡があった。
流血した村民を引きずって外に引きづり出したのだろう

入り口付近の地面と壁には、線条にのびる引っかき傷がついている。
こっちは生きた人間を外に引きづりだそうとして、
被害者が壁に爪を立てて抵抗したんだろう
酷いありさまだが、死体が教会内に放置されていないのは、不幸中の幸いだった
腐乱死体の臭いが染みついて、寝泊まりどころじゃなくなっていた

テイザはあたりをキョロキョロ見渡すと、ため息をついて
麦わら帽子をかぶった。倒壊した小屋、なぎ倒された柵、
あちこちの転がる真っ黒焦げになった、手足らしきもの
明るい陽射しとは裏腹に、今日も陰鬱な仕事が始まる

テイザは井戸から木桶を使って水をくみだすと、それを水筒に詰めた
井戸は滞在初日に、毒物の混入を検査したが、異常はなかった
検査といっても、少量とって臭いや味を確認しただけだが
自分がまだ生きているということは、何ともないんだろう

テイザは焼け焦げた民家を一軒一軒回った
あちこちで蝉がジージーと鳴き、彼女は木々の日陰を伝って民家を目指す。
焼かれた民家の田畑は荒れつくされ、家畜小屋はこじ開けられ空っぽ
当たりに転がっている死体は、殺害されたあと火をつけられている

これらの焼死体が放置されているのは、埋葬作業する人々がいないからである
村の半径30キロは無人で、生き残り3名は最寄りの都市に下山している
村が丸ごと焼かれた上、ライフラインが近辺に存在しないのだ
そのうち2名はたまたま略奪者が来たところに居合わせなかっただけで
襲撃の生存者は9歳の少女一人だけと報告されている

村の大きな木には、生き残りの避難場所を記述した紙が打ち付けてある
しかしいまだにそれを見て街までたどり着けた生存者は皆無である
生存者はいないのか、たどり着けなかったのか。
それとも奴隷として売られ、助けを呼べない場所につながれてるのか・・・

生存者の報告によると、武装勢力に村が略奪され
住民は殺害、住居は放火されたとのことだ。その報告に間違いはなかった。
これは軍隊がやるような、領土からの収穫を阻害する焦土戦略である
少なくとも近辺の小規模な山賊や盗賊にできることではない。
噂されている「村食い」といわれる略奪集団の仕業と見て間違いない

しかしなぜ死体をわざわざ焼くんだろう?
軍隊の略奪行為では、殺すことはあっても、律儀に全部火葬することはない
死体に口はないわけだし、野ざらしで放置する方が手間いらずで燃料も不要だ
何か死体に村食いの特定につながる証拠があるんだろうか?

それに被害生存者の異常な少なさも気がかりだ
死体のみならず、血痕もとび散らばっている。
つまり逃げたものも念入りに追跡して殺している。
見られちゃまずいものでもあるのか?

テイザはしゃがんで地面の死体をつつきながら、疑問点を頭に思い浮かべていた
この焼死体は、歯の揃いと咬耗から子供のものではない、
ということがわかる。でもそれだけだ。
残りの部位は野生動物に持ってかれてしまった
残りの遺体もそんなものだ。あちこちに散乱してしまっている
テイザは頭部が確認できる、おおよそ30人前後の遺体を発見した

死体をいじくるテイザの姿は、遠くから見れば
生き延びた可哀そうな主婦が死体を埋葬しているように見える
しかし間近で見れば印象は逆転する。
彼女はリザードマンで右腕の肩から先がない。
その姿は不気味で、迷信深い村人なら
死体を漁りに来た魔女だと思うだろう。

テイザは収穫が得られず、その場からすくっと立ち上がり、後ろに向き直った
そのテイザの動きにびっくりして何かが木の影に隠れた。
ずんぐりとした黒猫のような物陰が、とテイザを見つめている。
それは木の影に隠れてこちらをじぃっと見ている。

テイザはその真っ黒の悪童たちの正体を知っている
彼らはナイトメアと呼ばれるアンデットで、いわゆる地縛霊のような存在である
その正体はこの村で死んだ人間たちの魂のなれの果てだろう

テイザにはその姿は愛嬌を感じる。
しかし臆病な性格で、なかなかそばに寄ってこない
比較的無害なアンデットであり、テイザのあとをよちよちと追いかけて、遠くから見つめるだけだ。
しかし数がそろうと、人間に憑りついて肉体を乗っ取ろうとする

もう3日ほど村に滞在してはいるものの、有益な手がかりは見つからなかった
略奪者を追跡するため、略奪品を積んで加重した馬車の車輪の跡などを探したが
時間が経過しすぎていて、それも見つかりそうにない
他にわかったことといえば、先に述べたとおりこの村には、
ゴーストが一匹と大量のナイトメアがひしめき合っている

ただの人間が足を踏み入れるには危険すぎる。
この村は半世紀は人が住めないだろう
季節がら雑草も伸びてきており、このまま無人で放置されていると
足を踏み入れるのも困難になってくる

有益な手がかりがない以上、下山して生存者の聴取に向かうべきだろう
被害届をだした生存者、アルフレッド=オーウェンはかつての恩師である
しかしもう十数年前にあったきりだ。
自分のことは覚えてないだろうが、ファイアボールをぶつければ思い出すだろ
テイザはクスッと笑った

「キィキィ・・・」
テイザはその声か細い声を聴くとハッとした。足元を見下ろすと、
おかしなテイザの姿を見て、一匹のナイトメアがそばに寄ってきていた
首をかしげてテイザの顔を見上げている

「お前、寂しいのか?おいで。」
テイザはしゃがむとナイトメアに向かって左手の指先を差し述べた
ナイトメアはテイザの手の平を、おずおずと見つめたまま怯えている
ナイトメアはおおむね、相手が弱っているときか、夜闇にまぎれて人間を襲う
夜行性で臆病なので、昼間正面切って人間を襲うことはない

臆病すぎるナイトメアの姿にしびれを切らせたテイザは
前腕の筋肉のふくらみをナイトメアの前に差し出した
その姿は、ここに噛みついてごらんと言ってるようだった
ナイトメアはテイザの前腕のふくらみを見つめてプルプル震えだした
「お前、体が欲しいんだろ?目の前にあるぜ」

「シャアアー!!」
その瞬間ナイトメアはかっと眼球が見開き、頭部が真っ二つにさけギザギザした大きな口になった
テイザの前腕に噛みつくと、その噛みつかれたテイザの皮膚から黒いシミが広がる
しばらくするとそのナイトメアの姿は消えて、テイザの前腕に黒いシミだけを残した
ナイトメアの体を構成する邪悪な負のアニマは、テイザに転移した

テイザはその左腕を見ると、黒いあざのような模様が一つ浮かび上がる
「これで友達だな。よろしく頼むぜ」
その様子を見ていたほかのナイトメア達は、一目散に逃げ出した
「やれやれ・・・逃げられちまったか」

テイザは教会に戻ると、下山するために荷物をリュックに詰めた
食料と水は川沿いを歩けば手に入れることができる
自分を襲おうとする野生動物に遭遇するとみており、
それをファイアスペルで焼いて食料にするつもりなのだ

村を後にすると最後にもう一度ルッコラの景色を目に焼き付けようとした
ルッコラの村は略奪され、破壊し尽くされてはいるが
その景観は過去の記憶通り美しいままであった。
美しい川があり、草原があり、山々が軒を連ね、森にはセミが鳴いている
少なくともテイザの故郷に比べれば、楽園のようなところである

テイザは麦わら帽子のつばをつまんで教会を一瞥した。
村民の亡骸への無礼と、自らが積み重ねる罪を詫びた
そしてもし自分のような人間に、帰る場所が許されるのであれば
こんな場所であってほしいと祈った
「教会でお祈りか・・・俺のがらでもねーな・・・」
独り言をつぶやくと、テイザは遠すぎる目的地へ向けて、一歩づつ歩みを始めた